カバーストーリー《4代目 池田 良一さん》中川眞須良

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池田刃物製作所
4代目 池田 良一(いけだ りょういち)1972年生まれ

 堺市堺区北庄町1丁に仕事場と住居を構える。高校卒業後すぐ先代刀匠である父・辰男氏に師事。2003年島根県奥出雲で行われた全国試験で刀匠の資格を取得し、伝統工芸士と合わせ2つの称号を持つ堺市内でも数少ない鍛冶屋である。
日常の作業は、鉄と鋼を合わせて打つ鍛接工法による行程が中心である。しかし得意先からは何故か特殊品(小さめの小刀、ペーパーナイフなどの別注品)の製作依頼が多いとか。
「注文があれば可能なものはなんでも作ります。」と。
撮影の後、仕事に対する主義、信条のようなものがあれば?の問いかけに、「私はこの世界ではまだまだ中堅、この年で自分の仕事観のような事を口にするのは時期尚早、口幅ったいです。あと30年ほど先に、自信を持って言えるようになっていれば・・・」
この時大きく目を見開いて、初めてわずかに笑みがこぼれた。

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とりとめのない話「ブラジルの憂鬱」中川眞須良

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 2019年1月、ブラジル大統領に就任した「ボルソナーロ」氏(写真)、改革、革新と言えば聞こえは良いが元軍人で強硬派としての名のほうが、とうりがよいようだ。早速就任早々、大プロジェクト構想の一部を発表したまでは良かったが、すぐに各地、各方面からのブーイングの嵐だ。

 その一大政策とは「アマゾン流域(熱帯雨林)大開発プラン」とでも言うべきものである。
 過去半世紀以上にわたり毎年日本の一つの県面積と同じ自然が消え去り、生態系はもちろん、地球規模で環境の激変が進んでいる事実は全世界周知の通りである。

 しかし今回の政策に対し「聖域に無断で立ち入る暴挙だ」とする声明が一部からすぐに発せられ、広がりつつある。
その「聖域」とはもちろんブラジル全土に点在する、いわゆる先住民居住保護地区である。今回の政策は先住民区の一部が開発で消滅していくことは決して初めてではない。
初期の開発としては、北東部のパラ州、さらに東のマラニョン州、そして新しいところでは、中心都市マナウスの南南西、ボリビア国境近くの区域が開発されさらに奥地へと進みつつある。

 先住民区の歴史として1500年のブラジル発見以来侵略し続けられ、その開発のスピードは発見以前全体の約5~8%にまで減少し、過去200年で235部族、約73万人まで激減の記録が残る。そして今回のボルソナーロ政策の一部は今まではほとんど開発に、手がつけられなかった地区までその波が押し寄せる危険をはらんでいるといわれるからだ。

それらの地区、いわゆる「聖域」とされる一部は

1、ブラジル南部 マットグロソ地方(ボリビア国 境近く)
1、ブラジル南部 ホンドニア地方(ボリビア国境近く)
1、マナウス西部 アマゾナス地方 (ペルー国境近く)
  ジュルアー河、ソリモニイス河流域
1、マナウス西部  国立公園内山間部(ペルー国境近く)
1、特に民区が狭く孤立し情報はなく、人口、環境などの  調査不可能(何百年以上現代文明と接してい  ない  と推測)とされている代表民区
 ・「ジャミナワアララ」先住民区
 ・「ジャミナワ」先住民区      などがある。

 現在の先住民区の総数、約80カ所、その多くがブラジル西部アマゾンの奥地、ボリビア・ペルーの国境近くに集中している。民区によっては州政府などあらゆる交渉の場に代表を派遣している民区もあれば外部との関係を一切遮断し、今なお原始的な生活を営んでいると推測できる民区までさまざまだ。さらに河川流域に広がる比較的広域の民区は情報入手が容易だが、国立公園内等に山間部の狭域の民区は情報入手困難とするデータもある。

 2000年にブラジル発見500年を記念して先住民の環境、人権、保護運動などが開催されそれ以降も
1、ブラジル全国司教協議会(cimi)
1、先住民宗教協議会(ブラジル)
1、熱帯雨林保護団体先住民運動(日本)
などをはじめ、世界の数多くの機関、団体が参加しその運動が継続されている。

 営々と築き上げてきた先住民の文化、その文化環境を守りとうそうとする国民、それらの全てを支援しようとする世界の個人・団体のうねり。
これらの集大成はブラジルの、そして南米の、さらには全世界の宝物である。この宝物とブラジル新政府との立場が対峙、対立の方向に向かわないよう祈るばかりだ。
しばらくは「ボルソナーロ」から、目が離せない。

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Lapiz2019夏号「とりとめのない話」中川眞須良

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Walking(ウォーキング)

 この言葉・国語辞典では「歩くこと・特に健康増進や運動のために歩くこと」・英和辞典では「散歩・バイキング・競歩など」と
簡単に解説しているが我々の日々日常生活の中で、この行動の広さは無限です。
個人・グループ・法人が企画、開催する多種多様な「歩く催し」が全国で数多く行われている昨今、ここで以前私が参加した少しユニークな、思い出に残る「歩く催し」の一つを紹介しましょう。

                記

1 主催 (財)全国青少年交流協会
1 名称 「全国33キロメートル飲まず食わず勝ち歩き大会・大阪大会」
1 場所  淀川河川敷
       スタート 大阪西中島南方、河川敷
       ゴール  京都山崎、日立製作所グランド
1 概要  ・当日、スタート会場で参加申込み、
     ゼッケンを受け取る
      ・条件、スタートからゴールまで飲まず食わず、走らず
      ・スタートから10キロメートル地点まで、数人の先導員がつく
      ・途中、二カ所のチェックポイント(救急担当員待機)
      ・ゴールにて、テント内に医療班完備(救急車待機)
      ・完歩者全員に「完歩証明書」交付
      ・参加人数  300から400人以上

1 参加者との途中の短い会話
      ・会社の同僚か、にぎやかにしゃべる3~4人の男性グループ・「頑張って下さい、お先に行きます」
      ・ペット(犬)と一緒に一人参加の中年女性
         「もっとゆっくり、まっすぐ歩きなさい」と2、3度繰り返しながら、、
      ・普段着(ブレザーに黒の革靴)のまま、ラジオを聞きながら、こちらも一人参加の中年男性「軽い服装ですねぇ、、」の私の問い掛けに、全く の無言、無視
      ・揃いのユニフォーム姿の女子高生らしい7,8人のグループ
         「女子校のバレーボール部、一年生です、全員強制参加です」お互い、「こんなの聞いてなかったよねえ、、」
      ・京都市内の同じクラブの大学生数人
         「5時間半を切れなかったら大変、来年も参加さされます」
         私に、学校名・クラブ名を聞く余裕なし
      ・第2チェックポイント(25キロメートル地点)の参加者と係員の会話
         参加者、、「靴擦れで足がいたくてもう限界」
         係員、、「ハンケチを靴の底に敷けば楽ですよ、ゴール後、治療を受けてくださいね、はい、頑張って・・・」
      
 この第2チェックポイントあたりから、のどの渇き、空腹、疲労などから会話はほとんどなくなり、ペースもスロウダウン、私も足腰の痛みを必死でこらえながら、「ゴールまであと1キロメートル」の表示地点で時計を見ればすでにスタート後、5時間を少しすぎていた。その地点からゴールまでのことは「苦しかった」以外なにも記憶にない。しかしゴール後の2つの記憶だけは鮮明だ。
それは全員に配られた小さな一つの牛乳パックの味、最高。もう一つはトップの人と、そのタイムだ。なんと私より約、2時間も速い3時間13分、元オリンピック競歩選手であったとか・・・・・。

今もどこかでこの様な楽しい?「歩く催し」が開催されているのでしょうか。

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