22年夏号Vol.42 びえんと《語り部になったアウシュビッツ生還者》井上脩身

第二次世界大戦中、ナチス・ドイツの強制収容所に送りこまれながら生き延びたウクライナ人の男性(96)が、ロシアの攻撃で死亡したことが3月21日に発表された。たまたま私は『アウシュビッツ生還者からあなたへ――14歳、私は生きる道を選んだ』を読み終えたところだった。強制収容所から生き延びたイタリアの終身上院議員、リリアナ・セグレさんが語った体験を、中村秀明・元毎日新聞副論説委員長が翻訳し岩波ブックレストとして刊行されたのだ。戦後77年。ロシアのプーチン大統領が行うウクライナ戦争の惨状をみると、強制収容所が決して昔話ではない恐ろしさを禁じ得ない。 “22年夏号Vol.42 びえんと《語り部になったアウシュビッツ生還者》井上脩身” の続きを読む

22年夏号Vol.42 《巻頭言》Lapiz 編集長 井上脩身

姉のナターシャ・グジーさん

ウクライナにバンドゥーラという民族楽器があります。コントラバスとハープをくっつけたような、涼やかな音色の弦楽器です。日本人にはなじみのないこのバンドゥーラ奏者のウクライナ人姉妹が日本にいます。姉妹は祖国の平和を願って日本の各地でコンサートを開いています。

 姉妹はナターシャ・グジーさんとカテリーナ・グジーさん。姉妹はチェルノブイリ原発近くのプリチャピという町で生まれました。1986年4月26日、同原発が事故を起こしたとき、姉のナターシャさんはプリチャピの小学生、妹のカテリーナさんはまだ生後1カ月の乳児でした。一家は「3日間だけ」といわれて首都キーウに避難。同原発周辺に立ち入ることはできず、一家がプリチャピに帰るというささやかな夢はついえました。

姉のナターシャさんはキーウの小学校に転校、やがてバンドゥーラに出合い、8歳のときから音楽学校で本格的にバンドゥーラ演奏と声楽を学びます。そして同事故で被災した少年少女を中心に結成された音楽団「チェルボナ・カリーナ(チェルノブイリの赤いカリーナ)」のメンバーとして1996年と1998年に来日しました。日本に魅力をおぼえ2000年から日本で活動をはじめました。

妹のカテリーナ・グジーさん

妹のカテリーナさんもキーウの小学校に上がると、お姉さんの後を追うようにチェルボナ・カリーナに入団しました。バンドゥーラを演奏しはじめ、10歳のとき楽団の一員として来日。ウクライナの文化を日本に伝えたいと思うようになり2006年、日本に移住しました。

2011年3月11日、福島第一原発で事故が発生。「安全な国」と感じていた日本でチェルノブイリ原発事故クラスの過酷事故が起きたことに姉妹は驚愕。ナターシャさんは2017年7、事故原発があった福島県大熊町の小学校が避難している会津若松市の仮校舎で演奏。カテリーナさんは福島事故から10年がたった2021年、滋賀県彦根市でのコンサートに出演するなど、バンドゥーラ演奏を通して、被害に遭った人たちを支援したり、原発事故の恐ろしさを訴えてきました。・ “22年夏号Vol.42 《巻頭言》Lapiz 編集長 井上脩身” の続きを読む

びえんと《写真と絵で見る昭和の子ども》文 Lapiz編集長 井上脩身

私ごとで恐縮だが、3年前、自分の子どものころの思い出をエッセーふうの童話にしてみようとおもいたった。書きだすと、挿し絵をつけたくなった。となると、そのころの子どもの遊びや風俗、都会や田舎の景色を知る必要がでてきて、10冊余りの本をかいこんだ。これらの図書の記述や写真が、すっかり忘れていた記憶を呼び覚ましてくれ、私なりに「昭和の子ども」という概念ができあがった。その概念が最近、ガツンとくずされた。『小学生が描いた昭和の日本』(写真左)という本に触れたからである。「児童画500点 自転車をこいで全国から」という副題の通り、一人の青年が全国をかけまわって集めた児童の絵が収録されたもので、今年1月、石風社から刊行された。昭和とは何か。本のページを繰りながら、私は考えこんでしまった。 “びえんと《写真と絵で見る昭和の子ども》文 Lapiz編集長 井上脩身” の続きを読む

2022春号 Vol.41《巻頭言》Lapiz編集長 井上脩身

天皇メッセージ 沖縄占領に関する昭和天皇の英文メッセージ(沖縄県公文書館HPより

今年5月15日、沖縄の本土復帰50周年を迎えます。しかし「沖縄の本土化」という沖縄県民の願いもむなしく、日本にある米軍基地の7割が沖縄に集中、さながら米軍の島と化しています。1月23日に投開票が行われた名護市長選では政府与党が推す現職候補が当選しました。名護市には米軍基地の建設工事が進められています。今年9月に任期満了になる沖縄県知事選が半年後に迫っており、いっそうの″米軍島化″を許すかどうかの分水嶺の年になりそうです。沖縄は戦時中、本土の捨て石にされました。戦後、捨てた石を米軍にほうりなげた形ですが、沖縄に犠牲を強いた一因に天皇の意思があったことが、近年、現代史研究家らによって明らかにされました。
沖縄が本土に復帰した1972年、日本の米軍基地のうち沖縄にあったのは59%でした。ところが50年後の現在、米軍施設の70%が沖縄に集中、沖縄本島の14・6%が米軍のフェンスに囲まれています。 “2022春号 Vol.41《巻頭言》Lapiz編集長 井上脩身” の続きを読む

びえんと《五七五に託すハンセン病患者の叫び 下》Lapiz 編集長 井上脩身

民族差別との二重苦も

短歌、俳句、川柳を収録した『訴歌』の表紙

北條民雄は18歳の時に結婚したが、ハンセン病にかかったために離婚することになった。妻だった女性もハンセン病にかかって死亡したことを入院後に知る。北條のように夫婦共に感染して共に入院しているケースも少なくない。

【夫婦】

妻の肩借りて義足の試歩うれし

書く時の夫が字引になってくれ

冬支度指図するほど妻は癒え

病む妻を笑顔にさせた子の為替

亡妻の忌へ冬の苺の赤すぎる

立春の吹雪に妻の骨拾ふ

(妻に先立たれた夫はただただ切なく悲しい) “びえんと《五七五に託すハンセン病患者の叫び 下》Lapiz 編集長 井上脩身” の続きを読む