最後に
なぜこのような大寺院がいつ建てられたのか少し説明しておきたい。
時代は奈良時代(8世紀)に聖武天皇が国力を尽くして建立した寺である。奈良大仏として知られる盧舎那仏(るしゃなぶつ)を本尊とし、開山(初代別当)は良弁である。建立の背景は724年聖武天皇が即位した頃、地震や疫病などの災いが起り、天皇は仏教に救いを求め、全国に国分寺や国分尼寺を建立、総本山の奈良・東大寺には大仏をつくった。
このような寺院建立が全国規模で行われたことは、かえって民に負担を強いて国力が衰えると思えるのだが、今の考えは8世紀には通じない。
秋の夜長に聞く話《東大寺大仏殿》片山通夫
秋の夜長に聞く話《東大寺大仏殿》片山通夫
秋の夜長に聞く話《東大寺大仏殿》片山通夫
秋の一日、何年振りかで奈良東大寺に行った。コロナ禍のおかげ?で閑散としていたのはいいのか悪いのか…。4回に分けてお届けする。
秋の夜長に聞く話《無常を歌う三夕歌があった》片山通夫
今更ながら、蛇足ながら「三夕歌」とは古今集所収の「秋の夕暮れ」を結びとした3首の名歌を指す。 “秋の夜長に聞く話《無常を歌う三夕歌があった》片山通夫” の続きを読む
秋の夜長に聞く話《伏水の酒》片山通夫
西に灘があれば東には伏見がある。滾々と湧く伏水(ふしみず)を使った酒が伏見の酒だ。 歴史は古い。大倉酒造のホームページによると、5世紀には渡来系氏族の秦氏らが酒造りに関わり、8世紀に平安京の造酒司で行われた高度な酒造りの影響を受けながら、伏見の酒は歩み育てられてきた。 1425年(応永32年)、1426年(同33年)の酒屋名簿によると京の洛中・洛外に342軒の酒屋が存在し、その中には伏見の酒屋も含まれていたとか。
https://www.gekkeikan.co.jp/enjoy/kyotofushimi/fushimi/fushimi02.html
話は変わるがこの京都・伏見の大倉酒造の近辺に三十石船で大阪まで通っていた船があり寺田屋という船宿がある。寺田屋事件が起こった。
同じく大倉酒造のホームページには詳しく掲載されているので是非ご覧ください。https://www.gekkeikan.co.jp/enjoy/ryoma/teradaya.html
秋の夜長に聞く話《灘の生一本》片山通夫
関西には酒どころと言われている郷がいくつもある。代表的なのが「灘五郷」。神戸市灘に有名な造り酒屋がひしめいている。五郷とは、兵庫県の灘一帯にある5つの酒造地の総称である。西郷、御影郷、魚崎郷、西宮郷、今津郷を指す。日本の清酒生産量の約3割を占める。筆者の知り合いのも過去に造り酒屋を営んでいたり酒樽の製造に携わっていた家があった。魚崎と今津のそれらは存在した。 “秋の夜長に聞く話《灘の生一本》片山通夫” の続きを読む
秋の夜長に聞く話《秋の宵に飲むカクテル・・・》片山通夫
宵とは「日が暮れてからしばらくの間。(夕暮れに続く)夜の初めの頃を言う。こんな日はやはり土砂降りとか曇りでは何かそぐわない。夕日が落ちて残照が空を赤く染め、秋特有のイワシ雲などが赤く染まり、徐々に暗くなってゆく頃、そんな時には何を飲む? “秋の夜長に聞く話《秋の宵に飲むカクテル・・・》片山通夫” の続きを読む
秋の夜長に聞く話《秋の夜更けに飲む酒は・・・》片山通夫
実りの秋に飲む。なんだかやはり日本酒かとも思うがここではウイスキーを考えたい。
よく知られていることだが、世界には産地ごとに「5大ウィスキー」と呼ばれているモノがある。 “秋の夜長に聞く話《秋の夜更けに飲む酒は・・・》片山通夫” の続きを読む
秋の夜長に聞く話《秋の夜長に飲む酒は・・・》片山通夫
何となく昔から秋の夜長を過ごすにはお酒が恋しいと思う。これと言った理由はないのだが「春はたそがれ時に」、「夏はギンギンに冷やしたビール、そしてそのあと酒ロック」、「冬は熱燗でおでん」とまるで絵にかいたようなステレオ・・・。我ながら書いていて恥ずかしい。
さて本題の「秋」だが、月を愛でながらとか、ススキを枯れ尾花と言って見たりとか、そんな風流な気持ちは悲しいかな、持ち合わせていない。 “秋の夜長に聞く話《秋の夜長に飲む酒は・・・》片山通夫” の続きを読む