Opinion《軍事大国・戦争へと向かう“国家意思”にメディアは抗わないのか》渡辺幸重・ジャーナリスト

―「自衛隊に島を奪われる」と危惧する与那国島に目を向けよう―

この記事はちきゅう座からの転載です。 

「岸田首相は何十年も続く平和主義を放棄し、自国を真の軍事大国にしたいと望んでいる」という米『タイム』誌表紙の説明(写真左)は本来、日本のメディアが指摘するべき内容だった。ジャーナリズムを標榜するならば安倍政権時代からの改憲・軍拡路線に対して警鐘を鳴らし、反戦・非戦キャンペーンを展開するべきだった日本のメディアは、日本政府の抗議で『タイム』誌が表現を変えると「外国から変な目で見られなくてよかった」と胸をなで下ろしたようだった。いったい、安保法制や安保3文書改定、防衛費倍増、兵器の爆買い・開発・輸出、琉球弧(南西諸島)へのミサイル配備などをどう考えているのだろうか。この状態は国会や国内世論とともに「軍事大国化は許さない」「戦争をするな」と大騒ぎしてもしすぎにはならないほどだから『タイム』誌も書いたのである。解散・総選挙が近いとささやかれているが、選挙や直接行動で明確な国民の意思が示されなければ国民無視の“国家意思”によって国民の命や生活は踏み潰されてしまうだろう。メディアも国民も正念場に立っている。

沖縄の軍事負担は増大、琉球弧は“軍事要塞列島”に

今年の5月15日で沖縄は日本復帰51年を迎えたが、この間沖縄の米軍専用施設は復帰時より3割以上減ったもののいまなお全国の在日米軍専用施設面積の約7割が沖縄に集中し、逆に自衛隊専用施設は復帰時の4.6倍に増えた。合計した沖縄の軍事負担は2019年以降増加を続け、軽減どころか増加しているのが実態だ。自衛隊基地は与那国島、石垣島、宮古島に新設され、沖縄島などでも拡大が続いている。鹿児島県では奄美大島に自衛隊基地ができ、馬毛島では米軍のFCLP(陸上空母離着陸訓練)も行う自衛隊基地の建設が始まった。沖縄は復帰後も変わらぬ「基地の島」であり、沖縄を含む琉球弧(南西諸島)全体が軍事要塞化されるという「軍事要塞列島」まっただ中にある。

電子戦部隊・空港拡張・港湾整備・ミサイル配置と軍備増強が進む与那国島

先島諸島では、2016年3月28日に与那国島、2019年3月26日に宮古島、そして今年の3月16日に石垣島に陸上自衛隊の駐屯地が開設され、3月18日には石垣島にミサイルが運び込まれた。
その与那国島ではいま、住民の間に大きな動揺が広がっている。当初は「自衛隊は沿岸監視部隊だけ」「米軍が来ることはない」と聞かされていたのに目の前で急速に軍備拡張が進んでいるからだ。昨年4月には航空自衛隊第53警戒隊与那国分遣班が配備され、11月の日米共同統合演習「キーンソード」では与那国島にアメリカの海兵隊員約40人が乗り込んで演習が行われ、重火器を備えた自衛隊の機動戦闘車が住民の目の前で公道を走行した。その物々しい光景は“静かで平和な島”の住民を戸惑わせるのに十分だった。12月に「安保3文書」が閣議決定され、2023年度予算案には与那国駐屯地への電子戦部隊配備に加えて地対空誘導弾(ミサイル)部隊を置くための土地(約18ha)取得などが盛り込まれた。このままでは与那国島、石垣島、宮古島、沖縄島、奄美大島と琉球弧沿いにずらっと大陸に向いたミサイルが並ぶだろう。

防衛省は沖縄復帰の日に当たる今年の5月15日、与那国島で「与那国駐屯地への地対空誘導弾部隊配備に関する住民説明会」を開催した。そこには約150人の町民が出席。防衛省は、空からの攻撃を防ぐため中距離地対空誘導弾部隊を配備するとし、配備するミサイルは「他国を攻撃するものではない」と説明した。すなわち「敵基地攻撃能力(反撃能力)」はないというのだ。しかし、これは誰も信用してはいない。今年1月、アメリカ政府は計画していた地上発射型中距離ミサイルの在日米軍への配備を見送るという報道が流れたが、その理由は日本が敵基地攻撃能力を持つ長射程ミサイルの保有を決めたからだとしており、日本政府が琉球弧に長射程ミサイルを並べようとしているのは明らかだ。
与那国町の糸数健一町長は台湾有事を見据え、大型旅客機・大型船舶による町民の島外避難のために与那国空港滑走路の500m延伸と南部の比川集落への港湾新設を政府に要望したという。これは自衛隊のF35戦闘機の離着陸や自衛隊の護衛艦の接岸などを可能とする軍民共用施設の整備を意味する。沿岸監視だけのはずだった与那国島の軍事施設は、地対空ミサイル部隊基地、与那国空港の軍事的拡張、比川地区への港湾計画(軍港)と際限なく増殖しようとしている。地元ではどこで何が決まったかわからないまま「防衛は国の専管事項」「機密は公開できない」「まだ決定ではない」という説明だけで、軍拡という現実だけが急速に進んでいる。一方、ほとんどの国民は“前線”の緊迫した実態を知らないか知ろうとしないままでいる。

武力攻撃事態で「沖縄本島は屋内避難、先島諸島は九州に避難」

今年の3月17日、沖縄県は武力攻撃事態の際に住民を避難させるための「国民保護図上訓練」を行った。国や与那国町、石垣市、宮古島市なども参加して先島諸島などから沖縄県外に避難する手順を検討したが、その後、沖縄本島は屋内避難、先島諸島の約12万人は九州に避難させる方針が決められた。
与那国島では昨年11月30日に「国民保護法に基づく弾道ミサイル発射を想定した住民避難訓練」が町民22人の参加で実施された。サイレンが鳴ると走って公民館に逃げ込み、頭を両手で抱えてかがみ込むという訓練だったが、訓練の意義に疑問を持つ人も多く、参加者が激減したようだ。また、与那国町は台湾有事を想定して事前に島外避難する町民に対して避難のための交通費や生活資金などを支給する基金の設置を決めている。
2023年度防衛予算には自衛隊施設の司令部を地下化する費用が含まれており、沖縄島の陸上自衛隊那覇駐屯地、航空自衛隊那覇基地、那覇病院など全国6ヶ所が対象になっているが、民間人が逃げ込む場所はない。与那国町は政府に避難シェルターの設置を求めており、自民党の「シェルター(堅固な避難施設)議員連盟」は5月22日、与那国町、石垣市、竹富町を訪れ、住民が避難できるシェルター設置に対する財政支援を政府に促すと約束した。
現地では、“脅威”が煽られ、“不安”が増幅させられることが日常的に続いている。 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の軍事偵察衛星発射に備えるとして宮古島・石垣島・与那国島に展開したPAC3(地対空誘導弾パトリオット)部隊もその機能を果たしている。

「国にだまされた」――誘致派の元町長・元議長がミサイル配備に反対を表明

これらの動きに対して、とうとう我慢できなくなった自衛隊基地誘致当時の町長や町議会議長がミサイル配備反対の声を上げた。
外間守吉・元町長は「ミサイル部隊の誘致だけはどうしても阻止しなければならない」と断言。日本はアジア外交政策を持っていないことを危惧し「私たち保守のグループでもミサイル配備阻止に向け、運動を起こしていこうと話しあっている」と言う。また、前西原武三・元議長も「ミサイル配備は絶対認めてはならない」とし、その理由を「軍事の島になってしまい、島民が安心して生活する環境は失われるかもしれないという強い不安がある」と語る。「国にだまされたような気がして、誘致に賛成したのは正しかったのかと自問自答している」という葛藤も吐露している。

国は与那国島を「全島無人化・全島要塞化」しようとしているのではないか

また、山田和幸さんらミサイル配備に反対する与那国町の住民3人は5月10日、沖縄県・沖縄県議会への要請文、沖縄防衛局への質問状を提出。国に対してはミサイル攻撃の際の島の安全確保、沖縄県議会からの「外交による平和構築を政府に求める意見書」などについての見解を求めた。
同行した「ノーモア沖縄戦 命(ぬち)どぅ宝の会」発起人の新垣邦雄さんによると、3人は与那国島が“人の住まない島、住めない島”になるのではないかという切実な思いで直訴に及んだと言う。山田さんらは「県が全島避難計画、町も全島避難要領を出し、防衛省は大規模な基地建設を計画している。住民を追い出し全島要塞化する狙いではないか」と危惧しているのだ。国は与那国島を、第二次世界大戦“玉砕”の島・硫黄島のような「住民がいない自衛隊基地の島」にしようとしているのではないか。そうでないなら、国はなぜ軍拡が必要か、山田さんら地元住民が納得するまで説明しなければならない。

自衛隊誘致につぶされた「島の自立へのビジョン」

実は、与那国島は自衛隊誘致がささやかれ始める2007年頃までは自立・自治・共生を基本理念に据えた「与那国・自立へのビジョン」「与那国自立・自治宣言」を掲げ、姉妹都市である台湾・花蓮市との交流を足がかりに国が進めている構造改革特区を活用して“国境交流を通じた地域活性化と人づくり”を進めようとしていた。これが全国的に話題を呼び、実現するかと思われたものの2度にわたる特区申請は2006年、2007年とも国に却下され、島の振興策は自衛隊誘致へと流れが変わった。2007年6月には米国のケビン・メア在沖縄総領事と米海軍掃海艇が地元の反対を押し切って与那国島に入港し、翌年1月には島に防衛協会が設立された。日本政府による自衛隊受け入れの働きかけや締め付けは相当強かったようだ。
自立へのビジョンプロジェクトの初代事務局長や2007年4月に開設した与那国町の花蓮市連絡事務所初代所長を務めた田里千代基さんは「もしも特区申請が通っていたら、自衛隊誘致は潰せたと思う」と断言。今でも集会などで「自立ビジョンはあきらめていない」と訴えている。
与那国・自立へのビジョンは自民党の有力者も評価し、実現への協力を表明したという。それが“国策”の自衛隊基地建設によってひっくり返された。人口減少対策と経済振興をねらって沿岸警備隊を誘致したら中国に向けたミサイルまでやってくるという。“国境の島”として交易・交流を考えていた安全・安心の島がまったく真逆の、軍事部隊が対峙する危険極まりない島になりそうなのである。

国家権力に戦争をさせないのがメディアの責務

そこで、冒頭の問いに戻るが、日本のメディアはこのような与那国島の現実に目を伏せたままでいいのか、ということなのだ。この経過を見るに、ほとんどが日本政府の政策や対応が問題であり、「国際情勢」や「地政学的位置」を理由に国境に接する与那国島に“迷惑施設”である軍事施設と部隊を押しつけている。まずは国の施策や国民全体の姿勢を問うべきであろう。
日本のメディアは、岸田政権が「平和主義を放棄し、自国を真の軍事大国にし」、戦争への道を突き進んでいることを『タイム』誌以上に叫ばなければならない。その根拠は与那国島の例一つでも十分であろう。メディアは社運を賭しても国家権力に戦争をさせてはならないのだ。