読切連載《アカンタレ勘太》5-1 作・画 いのしゅうじ

カヤのキャンプ

カヤのキャンプ

勘太のおとうさんが、つとめ先のがっこうから久しぶりに帰ってきた。
かぞくみんなで夕食をかこむのは二カ月ぶりくらいだ。
おとうさんが思いがけないことをいいだした。
「キャンプに行こう」
「うちにはテントがありません」
おかあさんはバカバカしいという顔だ。
おとうさんは、
「古いカヤ(蚊帳)がまだあるはずじゃ」
と、さぐるような目でおかあさんにたずねる。
「せんそう中に使ってた四畳半用のこと?」
「そのカヤをテントにするんや」
おとうさんは四、五日前、教え子の一家が河原でカヤをはっているのを見かけた。
「何してるの?」ときくと、「キャンプです」と元気なこたえ。子どもたちの目はキラキラしている。
よし、わが家でもやってみよう。
「と思ったんや」
おとうさんの話に勘太がとびついた。
「ぼくもキャンプやりたい」
二人のおにいさんも、
「キャンプして泳ぐんや」
とすっかり乗り気。
おかあさんとおねえさんは、「日帰りなら」と、しぶしぶさんせいした。
つぎの日、下のおにいさんの淳吉が図書館から「お手ごろキャンプ場」という本をかりてきた。
保津川のページに「亀岡と嵐山の間の渓谷。舟がくだるのにあわせて、じょうききかん車がはしる」と書いてある。
「ここがええ」
その日の夕食のとき、みんなで計画をたてた。
ご飯はハンゴウでたく。ハンゴウはせんそう中、万一のためにと用意しておいたものだ。いまは床下に二つころがっている。お風呂にくべるまきをできるだけ細くしておく。
問題はおかず。勘太は「カレー」といったが、おかあさんは「肉がくさる」と受けつけない。けっきょく、おかずは梅ぼしだけ。
カヤはおとうさんがリュックにつめる。お米とハンゴウは上のおにいさんの康弘、まきは淳吉、勘太の小さなリュックにはみんなの水着。
途中でスイカを買っておかあさんとおねえさんがさげていく。
キャンプ当日、朝五時におきた。
京都駅から山陰線に乗り、保津峡駅でおりる。二十分ほどで保津川の谷間にとうちゃく。
大きな岩がごろごろしている。その間を水がゴウゴウと流れ、波の頭がびりりっとくだける。
川べりに四本の木が四畳半くらいのスペースをあけて立っている。ここでカヤをつってくれ、と言ってるみたいに。
みんなでカヤをつりおえた。
そこは草っ原だ。さっそく勘太は寝ころがる。
おねえさんはハーモニカをふきだした。
淳吉はカヤをつってる木にこげ茶色の虫がいるのを見つけた。「カブトムシや」とこうふんしている。
康弘は石をつみあげてカマドをつくり、ハンゴウのよういをはじめる。
やがてハンゴウがぶつぶつあわをたてだした。
「皿にする石さがしてこい」
康弘に命じられて、勘太はたいらな石をひろいにいく。
「できた」
康弘の声で、カヤの中にいたおとうさん、おかあさん、おねえさんもハンゴウのまわりにあつまった。
康弘と淳吉が、あつあつのハンゴウのふたをあけ、ごはんをひっくり返す。下の方はおこげばかり。
「ま、これがキャンプや」
おとうさんはニコニコして、石の皿におこげをもった。
向こう岸にじょうききかん車が、
ゴッゴゴッゴ
と、あえぎあえぎ、ゆっくり走ってきた。もわもわとはきだす煙が川をはっていく。
列車の窓から子どもが手をふっている。勘太くらいの男の子だ。勘太も両手をふってこたえる。
スイカを川に冷やしていると、舟がくだってきた。バシャッとしぶきをあげて勘太たちのそばをとおる。
「カヤでキャンプしてるやん」
舟の客たちも「がんばりや」と手をふっている。やがい映画会

やがい映画会

がっこうで映画会がひらかれた。
映画は毎年、夏やすみに一回、こうていで上映される。
たいがいは古い映画だが、こんどは特別だ。
『鞍馬天狗角兵衛獅子』
きょねんの夏にできたばかり。鞍馬天狗はいわずとしれたアラカンこと嵐寛寿郎。杉作役には美空ひばり。チャンバラ好きだけでなく、ひばりファンにもたまらない。
さいしょ、この上映話をだれも信じなかった。ほんとうだとわかって、
「できて一年しかたたない鞍馬天狗の映画を見られる」
と、天と地がひっくり返るさわぎになった。
「国会ぎいんになりたい市長さんの政治力や」
といううわさがながれた。
勘太は当日、いつもより早く夕食をすませ、映画がはじまる二時間も前にがっこうに行った。
こうていには背もたれのない長いすが八十きゃくほど並べられていて、すでに半分はうまっている。
テッちゃんが前から二列めの席にいた。
「おそい。ぼくは四時にきたんや」
武史がきたので、ならんですわった。
七時。映画のじかんだ。
校庭はすっかりやみのなか。見あげると、空には白い小さなつぶがいっぱいあつまっている。その白いつぶつぶが帯になって、太くなったり細くなったりしながら、よこたわっている。
「空に白い帯がある」
「天の川やないか」
武史はそんなことも知らんのかという顔だ。
映画がはじまった。
パタパタと拍手がわきあがる。
美空ひばり、いや杉作のとうじょうだ。
お寺の前で杉作はずきん姿の鞍馬天狗にであう。天狗をピストルでねらう近藤勇。そのうでにかっとくいつく杉作。
鞍馬天狗がさっそうと白馬にまたがってやってきた。すくっと杉作をだきあげる。
そのとき……
スクリーンの上の空で星がひとつ、ぱっとまばたき天の川をさーっとよこぎった。
「あ、流れ星」
勘太が映画に目をもどしてみると、天狗ははしりさっていく。
映画がおわる。かえりはテッちゃんといっしょだ。
♪生まれて父の顔知らず 恋しい母の名も知らぬ
テッちゃんはひばりの歌を口ずさんだ。
三年前、十二歳のひばりは『悲しき口笛』をうたった。テッちゃんのおかあさんは「右のポッケにゃ夢がある」という歌詞が気にいり、いらい大のひばりファン。テッちゃんもえいきょうされた。
勘太のおかあさんは、「子どものくせにおとなみたいな声だして」とひばりをけぎらいしている。
勘太もどちらかといえば、ひばりはきらいだ。白馬をさっそうとあやつるアラカンの方がずっとかっこいい、と思う。
その日、事件がおきた。
だがし屋さんの「はせ」で、鞍馬天狗のベッタンがぬすまれたのだ。
はせの店は、子どもたちがつうがくする道にめんしていて、いつもおばあちゃんが店ばんしている。
おばあちゃんは映画会に合わせて、アラカンの鞍馬天狗のベッタンを十枚しいれた。ほかのベッタンと別にして、目につくところにならべておいた。
映画の日の五時ごろ、店の奥の台所で用をすませ、店にもどってみると、鞍馬天狗のベッタンがそっくりなくなっていた。目をはなしたのはほんの一、二分だったという。
「奥にいくまえ、ラムネを買いにきた男の子がいた。犯人はきっとその子や」
はせのとなりは赤田の呉服屋。むすめは勘太のどうきゅうせい。だから赤田のおくさんは勘太をよく知っている。
「勘太くんがその時間に店にはいるのを見た」
としょうげんした。

いのしゅうじ
本名、井上脩脩。近鉄文化サロン上本町・文章教室講師