原発を考える《原発事故がもたらす″心災″001 》文 井上脩身

~実証経済学から減災策探る~

  1. 『福島原発事故とこころの健康――実証経済学で探る減災・復興の鍵』

    福島第1原発事故によって避難暮らしを余儀なくされた人たちは、さぞ精神的に辛い思いをしたであろうとはだれもが思う。長い間住み慣れた家を失い、仕事を失い、温もりある家庭を失い、そして古里を失った被災地の人たち。ニッセイ基礎研究所研究員の岩崎敬子氏がその心の変化に焦点を当て、5回にわたって同原発の立地自治体である福島県双葉町の住民アンケートを実施。その結果を分析したレポートが、『福島原発事故とこころの健康――実証経済学で探る減災・復興の鍵』として、日本評論社から出版された。被災者へのアンケート自体はこれまでも政府やマスコミ各社が行っているが、岩崎レポートは「こころの減災」をキーワードに、被災者の心の内部に迫っている。

5回にわたって心の調査

岩崎氏(写真)は東大の大学院で、行動経済学の視点から、災害復興や健康行動について実証的に研究。その一環として2013年から双葉町の全世帯主を対象に、「東日本大震災による被害・生活環境・復興に関するアンケート調査」を行った。
太平洋岸に位置する双葉町は、かつては人口約7000人の農業の町。原発ができたことで産業構造が激変、震災当時は建設業(19%)、医療福祉(12%)、卸売り・小売業(11%)などが主な就労先になっていた。東日本大震災の津波によって町の6%の約3平方キロメートルが浸水、20人が死亡、1人が行方不明になった。
福島第1原発の事故の翌日、住民はいったん同県川俣町に避難、同町の放射線量が高くなったため、町民約1200人が「さいたまスーパーアリーナ」(さいたま市)に再避難、さらに旧騎西高校(埼玉県加須市)に再々避難した。同校には町役場も移転、最大1400人を超える住民が収容された。一方、ホテル「リステル猪苗代」(福島県猪苗代町)に避難した人が800人いた。その後、避難していた人たちは仮設住宅に次々に移転、2018年に完成した復興公営住宅勿来酒井団地(福島県いわき市)に同町民の多くが入居した。
調査は第1回=2013年7月3日(回答者585人)▽第2回=2014年12月1日(同654人)▽第3回=2016年7月1日(同499人)▽第4回=2017年12月1日(同779人)▽第5回=2019年7月1日(同707人)――の5回行われた。回答率は34%(第4回)~24%(第1回)。
調査の眼目は①ソーシャルキャピタル②損失回避③現在バイアス――の3点。ソーシャルキャピタルは、人と人とのつながりの観点からこころの健康を測る。損失回避は、たとえば大きな家から小さな家に移るときの喪失感といった精神的損失感を探る。現在バイアスは、目の前の利益と将来の利益のどちらを選ぶか、といった角度からこころの健康度をよみとる。(明日に続く)