秋の夜長に聞く話《中秋の名月》片山通夫

 中秋とは、東アジアの伝統的な行事のひとつで、旧暦の8月15日に行われる。グレゴリオ暦では9月または10月にあたる。今年2021年は今宵9月21日。この日、月は満月となり秋の涼やかな空気を通して月を愛でる。名月である。各国の行事を探してみた。

台湾:秋の訪れとともにやってくる三大節句の一つが中秋節です(2014年は9月8日)。日本でも「中秋の名月」と呼んでこの時期の満月を特別なものとして観賞しますが、台湾でも中秋節の満月は特別です。満月の丸みを家族団欒の象徴ととらえ、家族で過ごす大切な祭日となっているのです。

韓国:秋夕(チュソク)。旧正月(ソルラル)と並ぶ代表的な韓国の名節で「ハンガウィ」とも呼ばれます。毎年秋夕当日(旧暦8月15日)とその前後1日ずつが祝日となり、親戚一同が故郷に集まって先祖の墓参りをしたり、秋の収穫に感謝したりします。
こうした秋夕の慣わしは、古く新羅時代(紀元356年~935年)に始まったと見られています。1年で月が最も明るく輝く旧暦8月15日には昔から盛大なお祭りが行なわれていましたが、徐々に名節としての風習が形成され、今に伝わるようになりました普段は離れて暮らす人々も、この日には家族の元へ集まりますから、交通機関も込み合います。そうやって家族で集まって、持ち寄った月餅や文旦を食べながら静かに月を眺める…というわけではなく、最近では、みんなでわいわいと、焼き肉やバーベキューをするのが中秋節の過ごし方だとか。

中国:旧暦8月15日が秋の真ん中ということから「中秋」と呼ばれるようになりました。中国では古代から秋の夕暮れに月を眺める風習があり、周の時代になると中秋の夜に寒さの到来を迎え、月を祭るようになりました。唐の時代になるとこの風習が「中秋節」として祝日に定められ、現在では春節、清明節、端午節とともに中国四大伝統祝日に数えられています。代表的な食べ物に月餅があります。

ベトナム:中秋節は、紀元前770年?221年頃に中国から起源したと言われています。日本や中国と同様、水稲文化の国であるベトナムでは、月を神さまとして崇めています。旧暦8月は農家の収穫時期に当たることから、収穫後の一休みとして家族でゆっくり過ごす習慣が生まれました。その時期になると、月にお供えした後に、満月の光の下で収穫した作物から作られた料理を囲みながら宴会を行うようになりました。子供たちは魚や蝶々などを紙で作って遊び、夜には灯篭や太鼓を持って村を歩き回って過ごしたと言われています。

日本:中国から仲秋の十五夜に月見の祭事が伝わると、平安時代頃から貴族などの間で観月の宴や、舟遊び(直接月を見るのではなく船などに乗り、水面に揺れる月を楽しむ)で歌を詠み、宴を催した。また、平安貴族らは月を直接見ることをせず、杯や池にそれを映して楽しんだという。

以下は日本料理研究家/近茶流嗣家・柳原尚之氏による記事
詳しくは https://www.gnavi.co.jp/dressing/article/21880/

関東と関西、月見団子は違う? お月見にまつわる雑学
十五夜団子は満月を思わせるように大きめに形づくります。小さい団子は「仏団子」と呼ばれ、仏壇に供える団子を思わせるため嫌われます。江戸時代の年中行事を記した『東都歳事記』には、十五夜の朝に団子を作る記述がありますが、団子の大きさは三寸五分(約10cm)とあります。かなり大きいですね。また15個団子を重ねるのは難しく、9段、4段、、1段の14個ですと安定がいいのですが、15個の場合、ひと工夫が必要です。

なお、地域によって団子の形や風習は異なります。
関東では丸型が一般的ですが、関西の月見団子は楕円形、芋型に形づくり、きな粉をふります。芋型というのは芋名月にちなんでいるのかもしれません。
私の家でも、昔から十五夜には団子を供えていました。これは父が小さい頃の話ですが、月見団子に関してはおもしろい風習があります。「月見団子は他の家のものをとってもおとがめなし」と言われていたそうです。昔は子供たちが竹の先に五寸釘をつけ、「垣根ごしに刺したものは泥棒にならない」というルールがあり、よその家の庭先に供えられた月見団子に狙いをつけて突き刺し、持って帰って食べたそうです。月見団子の食べ方は、平らに押しつぶしてこんがりと焼き、砂糖醤油をつけて食べるとおいしいです。この味も子供の頃から、お月見の思い出として残っています。

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