小野 篁(たかむら)の閻魔庁出仕の話とは別に、「幽霊子育飴」と伝えられる飴を売っている店がある。
なんでも慶長4(1599)年に、鳥辺山(とりべやま:平安時代以前から京の埋葬地となっていた場所)から夜な夜な飴を買いに来る女性がいたという。 “百鬼夜行夜話 006「六道の辻異聞」片山通夫” の続きを読む
百鬼夜行夜話 005「六道の辻と黄泉比良坂」片山通夫
百鬼夜行夜話 004「小野篁、閻魔庁でアルバイト」片山通夫
小野篁が閻魔庁で夜な夜なアルバイト、つまり閻魔大王の補佐官のようなことをしていたことは前回書いた。彼が朝廷の館から閻魔庁へ行くには、「六道の辻」という辻を通って行った。その六道の辻は京都東山に今も実際に存在する。その場所こそあの世とこの世の分かれ道である。
百鬼夜行夜話 003「小野篁」片山通夫
小野篁(おののたかむら)という人物がいた。昼間は帝(朝廷)に仕えていながら夜になると地獄の閻魔(えんま)大王庁に出仕し、大王の裁判の補佐をしていたという話だ。
百鬼夜行夜話 002 「魑魅魍魎が跋扈」片山通夫
平安時代に魑魅魍魎が都大路を跋扈したという背景を調べてみた。
庶民の服装は古墳時代を引き継ぐ質素な服装だったようだ。住居もいわゆる竪穴式住居。まるで縄文時代の家と変わらない住居だった。 “百鬼夜行夜話 002 「魑魅魍魎が跋扈」片山通夫” の続きを読む
「百鬼夜行夜話 001」片山通夫
百鬼夜行夜話の最初は大江山に向かった。
大江(おほえ)山いく野の道の遠(とほ)ければ まだふみもみず天の橋立
訳:大江山を越え、生野を通る丹後への道は遠すぎて、まだ天橋立の地を踏んだこともありませんし、母からの手紙も見てはいません。有名な百人一首にある。しかしどうもここに出てくる大江山とは違うようだ。天橋立なんぞが出てくるし、てっきりと思ったが「丹波国桑田郡(現在の京都府西北部)の山。鬼退治で有名な丹後の大江山とは別。大枝山とも書く」とあった。(ややこしい) “「百鬼夜行夜話 001」片山通夫” の続きを読む
新連載「百鬼夜行夜話」片山通夫
「スサノオ追跡」と、それに続く「渡来人たちの宴」が一応の終わりを見た。さてと思って次のシリーズを考えたのが、時代は奈良時代を超えて平安時代に飛び、百鬼夜行の京の町を歩くことにした。以前、陰陽師・安倍晴明を取り上げたことがあったが、やはり妖怪変化は興味をそそられる。 “新連載「百鬼夜行夜話」片山通夫” の続きを読む
LAPIZ ONLINEからのお知らせ
コロナ禍の中で十分な取材も出来ないまま、LAPIZ ONLINE 夏・秋合併号はようやく終わりました。皆様に感謝いたします。
次号は現在の予定では12月1日に冬号を出す予定でおります。
それまでの間、筆者の妄想《百鬼夜行夜話》を随時掲載いたします。
秋の夜長にぜひお読みください。
《渡来人たちの宴・終章》片山通夫
渡来人たちの宴
7世紀の前半、つまり推古朝の飛鳥・斑鳩あたりを中心として栄えた王族や豪族がかかわった渡来人たちが我が国にもたらした仏教という新しい宗教・文化が594年に「仏教興隆の詔」が出され、仏教が政治の基本に捉えられた。百済・高句麗・中国南北朝文化の影響を受けた “《渡来人たちの宴・終章》片山通夫” の続きを読む
《渡来人たちの宴・外伝25》片山通夫
入鹿暗殺から大化の改新
絶大な権力を欲しいままに飛鳥の地で君臨していた曽我氏はついに滅んだ。その無念さが入鹿の首をして飛鳥寺まで飛ばしたのだと思われる。 “《渡来人たちの宴・外伝25》片山通夫” の続きを読む