鬼夜行夜話 023「名田庄物語」片山通夫

古代中国で祀った北極星と北斗七星を信仰した星祭の場所(名田庄)

福井県おおい町に名田庄という集落がある。もとは名田庄村だった。この名田庄に陰陽道宗家安倍氏の子孫である土御門(つちみかど)家の遺跡が残っている。文献等の史料によれば、応仁の乱(1467)の戦火を避けて所領の当地(中世では名田庄上村)へひきこもり、この地で陰陽道及び、天文・暦・易の三道をつかさどっていたと伝えられる。安倍家は安倍晴明を祖とし、陰陽道・泰山府君を祀る安倍神道が成立したという。若狭とのかかわりは南北朝期の文和2年(1355)に泰山府君祭料として縫殿頭有世に当地を与えられたのが初現とされ(「土御門関係資料」宮内庁)、以後近世初頭まで存続した。有世は名田庄へ隠棲した有宣の曽祖父にあたる人物である。 安倍晴明の子孫は京の都から応仁の乱に追われて領地だった名田庄に疎開した。当然ながら名田庄でも陰陽道を極め、朝廷などに召されて京都と名田庄を行き来した。また様々な資料なども今に残している。

【陰陽道】古代中国で祀った北極星と北斗七星を崇める鎮宅霊符(チンタクレイフ)信仰、北極星を宇宙の主神として伊勢神宮でも密かに行われていた「太一(タイチ)」信仰などそのすべてが陰陽道(オンミョウドウ)の秘儀である。土御門家の人々はこの名田庄に移住した後も、朝廷における陰陽寮の長官として、都と名田庄を頻繁に往来し、朝廷や将軍家のための占術、伊勢神宮・斎宮斎女(サイグウサイジョ)に関わる天文占いなども行ってきた。土御門家の記録は、度重なる戦火にあい焼失したものも多いが、宮内庁書陵部(ショリョウブ)や東京大学、京都資料館に数多く保管されている。他にも各地に未整理のまま散乱している資料も多い。そこでこういった資料や、名田庄に現存している古暦や文書、史蹟の保存をし、それを村外の多くの人たちにも展示し知っていただこうと暦の資料館が名田庄にできた。幸いにして国内外からの陰陽道・暦に関わる多くの資料がこの暦会館に収集されつつあり、当時用いられていた「香時計」などの作暦・天文観測用具なども収集し、保管展示に努めている。・・・名田庄と土御門家より

ドラマなどでは安倍晴明や陰陽道はスーパーヒーローのように扱われているが、実際はおそらく学究の徒だったと思われる。中国に伝わる占星術を極めてことの吉兆を占うのはおそらく命をかけたことだったのではないか。

 百鬼夜行の時代、それでも朝廷をはじめ人々に愛された安倍晴明はやはりスーパーヒーローだったと筆者は思う。 

                      鬼夜行夜話・完