夏の千夜一夜物語《置いてけ堀 別バージョン》片山通夫

むかしむかし、あるところに、大きな池がありました。
水草がしげっていて、コイやフナがたくさんいます。
でもどういうわけか、その池で釣りをする人は一人もいません。
それと言うのも、ある時ここでたくさんフナを釣った親子がいたのですが、重たいビク(→魚を入れるカゴ)を持って帰ろうとすると、突然、池にガバガバガバと波がたって、
「置いとけえー!」
と、世にも恐ろしい声がわいて出たのです。
「置いとけえー!」
おどろいた親子は、さおもビクも放り出して逃げ帰り、長い間、寝込んでしまったのです。
それからというもの、恐ろしくて、だれも釣りには行かないというのです。

「ウハハハハハッ。みんな、意気地がないのう」
うわさを聞いた、三ざえもんという人がやってきました。
「よし、わしが行って釣って来る。いくら『置いとけえー』と言われても、きっと魚を持って帰って来るからな、みんな見とれよ」
三ざえもんは大いばりで池にやって来ると、釣りを始めました。
初めのうちは、一匹も釣れませんでしたが、
♪ゴーン、ゴーン。
夕暮れの鐘が鳴ると、とたんに釣れて、釣れて釣れてビクはたちまち魚でいっぱいです。
「さあて、帰るとするか。魚は、みんな持って帰るぞ」
すると池に波が、ガバガバガバ。
「置いとけえー!」
世にも恐ろしい声が、聞こえました。
「ふん、だれが置いていくものか」
三ざえもんは平気な顔で言うと、肩をゆすって歩き出しました。
ところがしばらくすると、後ろからだれかついて来るのです。
見ると、それはきれいな女の人です。
女の人は、三ざえもんに追いつくと言いました。
「もし、その魚、わたしに売ってくれませんか?」
「気の毒だが、これはだめだ。持って帰る」
「そこを、なんとか」
「だめといったら、だめだ!」
「どうしても?」
「ああ、どうしてもだ!」
「こうしても?」
姉さまはかぶっていた着物を、バッと脱ぎ捨てて言いました。
「置いとけえー!」
女の人の顔を見た三ざえもんは、ビックリです。
なんと女の人の顔は、目も鼻も口もない、のっペらぼうだったのです。
しかし、さすがは豪傑(ごうけつ)の三ざえもんです。
「えい、のっぺらぼうがなんじゃい! 魚は、置いとかんぞ!」
そう言って、しっかり魚を持って家に帰って行きました。

「ほれ、ほれ、帰ったぞ。たくさん釣ってきたぞ」
三ざえもんは得意になって、おかみさんに言いました。
おかみさんは、心配そうにたずねました。
「あんた、大丈夫だったかい? 怖いもんには、出会わなかったかい?」
「出会った、出会った」
「どんな?」
「それはだな・・・」
三ざえもんが答えようとすると、おかみさんはツルリと顔をなでて言いました。
「もしかしたら、こんな顔かい?」
とたんに見なれたおかみさんの顔は、目も鼻も口もない、のっペらぼうになったのです。
そしてのっぽらぼうは、怖い声で怒鳴りました。
「置いとけえー!」
「ひゃぇぇぇー!」
さすがの三ざえもんも、とうとう気絶(きぜつ)してしまいました。

やがて目を覚ました三ざえもんは、キョロキョロとあたりを見回しました。
「あれ、ここはどこだ?」
確かに家へ帰ったはずなのですが、そこはさびしい山の中で、魚もさおも全部消えていたということです。

おしまい