夏の千夜一夜物語《百物語の幽霊》構成・片山通夫片山通夫

むかしむかし、ある村で、お葬式がありました。
昼間に大勢集まった、おとむらいの人たちも夕方には少なくなって、七、八人の若者が残っただけになりました。
「せっかく集まったんだ。寺のお堂を借りて、『百物語(ひゃくものがたり)』をやってみねえか?」
一人が言い出すと、
「いや、おとむらいの後で『百物語』をすると、本当のお化けが出るって言うぞ。やめておこう」
と、一人が尻込みしました。
この『百物語』と言うのは、夜遅くにみんなで集まって百本のローソクに火をつけ、お化けの話しをする事です。
話しが終わるたびに、ひとつ、またひとつと、ローソクの火を消していき、最後のローソクが消えると本当のお化けが出るという事ですが、若者たちは、まだ試した事がありません。
「ははーん、いくじなしめ。本当にお化けが出るかどうか、やってみなくちゃわかるまい」
「そうだ、そうだ」
「そうだな。よし、やってみるか」
と、いう事になり、若者たちは寺のお堂で『百物語』を始めました。
「これは、じいさんから聞いた話だが・・・」
「隣村の、おかよが死んだ日にな・・・」
と、みんなで代わる代わる、お化けの話しをしていって、ローソクの火をひとつひとつ消していきます。
夜もしだいにふけて、ローソクの火も、とうとう後ひとつになりました。
始めのうちこそ、面白半分でいた若者たちも、しだいに怖くなってきました。
「いいか、この最後のローソクが消えたら、本当のお化けが出るかもしれん。だが、どんなお化けが出ようと、お互いに逃げっこなしにしよう」
「いいとも。どんなお化けが出るか、この目で、しっかり見てやろう」
若者たちは口々に言いましたが、『百物語』の百番目の話しが終わって最後のローソクの火が消されると、まっ暗なお堂から、ひとり逃げ、ふたり逃げして、残ったのは、たったひとりでした。
「ふん。だらしねえ奴らだ。・・・それにしても、はやく出ねえのか、お化けの奴は」
残った若者が度胸をすえて、暗闇のお堂に座っていると、
♪ヒュー、ドロドロドロドロー。
目の前に、白い着物の幽霊が現れたのです。
「う、・・・うらめしやー」
「ひぇーーっ!」
若者は思わず逃げ出しそうになりましたが、よく見るとほれぼれするような美人の幽霊です。
「ほう、これは、かなりのべっぴんさんだ」
相手が幽霊でも、若くてきれいな美人幽霊だと、少しも怖くありません。
若者は座り直すと、幽霊に尋ねました。
「なあ、さっき、うらめしいと言ったが、一体、何がうらめしいのだ? 『うらめしやー』と言われただけでは、何の事かわからん。これも何かの縁だ。わけを聞かせてくれないか」
すると幽霊が、しおらしく答えました。
「はい、よくぞ尋ねて下さいました。わたくしは、山向こうの村からこちらの村の庄屋(しょうや)さまのところにやとわれた者ですが、ふとした病で命を落としました。けれど、庄屋さまはお金をおしんで、おとむらいを出してくれないのです。それで今だに、あの世へ行けないでいるのです」
「なるほど、そいつは気の毒だ」
「今夜、皆さま方が『百物語』をしてくださったおかげで、ようやくお堂に出る事が出来ました。
どうか、お寺の和尚(おしょう)さんにお願いして、お経をあげてください。
そうすれば、あの世へ行く事が出来るのです」
女の幽霊は、若者に手を合わせました。
「わかった。確かに引き受けた」
若者が答えると、女の幽霊は、スーッと消えていきました。

次の朝、若者は和尚さんにわけを話して、昨日の幽霊の為にお経をあげてもらいました。
さて、それからというもの若者は幸運続きで、やがて長者(ちょうじゃ)になったという事です。