夏の千夜一夜物語《絵から抜け出した子ども》構成・片山通夫片山通夫

むかしむかし、あるところに、子どものいない夫婦がいました。
「子どもが欲しい、子どもが欲しい」
と、思い続けて毎日仏さまに願ったところ、ようやく玉のような男の子を授かったのですが、病気になってしまい、五歳になる前に死んでしまったのです。
夫婦はとても悲しんで、毎日毎日、泣き暮らしていました。
でも、ある日の事。
「いつまで泣いとっても、きりがない」
「そうね、あの子の絵をかきましょう」
夫婦は子どもの姿を絵にかいて、残す事にしたのです。
それからというもの、父親は座敷に閉じこもって絵筆を持つと、食べる事も寝る事も忘れて一心に絵をかきつづけました。
やがて出来上がった絵は、子どもが遊ぶ姿をかいた、それは見事な出来映えでした。
二人はその絵をふすま絵にして、我が子と思って朝に晩にごはんをあげたり、話しかけたりしました。

ある晩の事、父親はふっと目をさますと、なにやら気になって子どもをかいたふすま絵を見ました。
すると絵には子どもの姿はなくて、絵だけを切り取ったように白い跡が残っていたのです。
「絵の子どもは、どこへ行ったんや?」
朝になって、もう一度ふすま絵を見た時は、子どもは元通り絵の中にいました。
「あれは、夢やったんかな?」
でも、それからそんな事が何度もありました。
そしてそれは決まって、月のきれいな晩でした。
その頃、死んだ子と同じぐらいの年の子どものいる家に、夜中に子どもが遊びに来るといううわさがたったのです。
なんでも寝ている子どもの手を引っ張ったり、髪にさわったりして、
「ねえ、遊んでよ。ねえ、遊んでよ」
と、言うのです。
これを聞いた夫婦は、
「きっと、うちの子や」
「そうよ。うちの子が、さみしがってるんやわ」
と、思い、ふすま絵にすずめを二羽、かきたしたのです。
けれどもやっぱり、子どもは座敷に月明かりが差し込みと、どこかへすうーっと出ていくのです。

ある晩、子どもはいつものように出ていって、明け方近くに絵の中へ戻ろうとしました。
その時、二羽のすずめが絵から羽をぱたぱたさせて、たたみに飛び降りてきたのです。
喜んだ子どもはすずめと一緒に縁側から庭に降りて、夜があけるのも忘れて遊んでいました。
すると、
コケコッコー!
と、一番鳥が鳴きました。
驚いたすずめはどこかへ行ってしまい、子どもも急いで絵の中に戻ろうとしたのですが、庭石につまずいて、ぞうりのはなおが切れてしまったのです。

さて、朝になって夫婦がふすま絵を見ると、子どもは絵の中にいたものの着物は泥だらけで、ぞうりは片一方しかはいていませんでした。
そしてもう片一方のぞうりは、ふすま絵のはじっこに転がっており、すずめは白く形だけが残っていました。
この子どもはそれからも月明かりが差し込むと絵から抜け出し、朝になると顔の向きが違っていたり、切れたぞうりを手に持っていたりしたそうです。

この不思議な絵は、一九九五年一月十七日の阪神大震災で焼けてしまうまであったそうです。