夏の千夜一夜物語《幽霊の願い》構成・片山通夫片山通夫

むかし、越後の国、今の新潟県に源右ヱ門さまという侍がおったそうな。
度胸はあるし、情けもあるしで、まことの豪傑といわれたお人であったと。

あるときのこと、幽霊が墓場に出るという噂が源右ヱ門さまに聞こえた。「とにかく幽霊が出るとみんな騒いでおるが、幽霊なんざあ、この世に何かうらみがある者とか、くやしいとか、願いのある者がなるもんだ。あたり前の人は死んで仏(ほとけ)になるもんだから、おれが行ってその幽霊を助けてやろう」
というて、真夜中の丑満時に鉦(かね)を叩いて南無阿弥陀仏と唱えながら墓場へ行ったと。

そしたら、ボオーと白い衣装着た婆(ば)さまが出て来たと。そして、
「源右ヱ門殿、源右ヱ門殿」
と呼ばったと。

「なんだ」というたら、
「おれも死んではや四、五十年にもなる。人は死ぬとき、みんな末期の水を貰って死ぬども、おれは水も何もなく、ただ棺桶の中さ入れられてしもた。その水を飲ませてもらわなかったから、今、焦熱地獄に置かれて、のどが渇いてのどが渇いて仕様がないごんだ」
というたと。源右ヱ門さまは、
「そういう事なれば」
というて、沢までどっどと降りて行って、叩いていた鉦を裏返しにして、そいつに十杯水を汲んで持って来てやったと。
「ほれ、こいつを飲め」
と差し出したら、幽霊の婆さまは、さもうまそうに飲んだと。

「これで少しは浮かばれる」
「そうか、そんならもう出んか」
「いや、いまひとつ願いがある」
「何だ」
「人は棺桶に入れられるときには、みんな湯灌して化粧をしてもらったり髪を剃(そ)ってもらおうが。おれは湯灌もなければ髪も剃ってもらわなかったもんだから、髪がのびにのびて、この通り地につくほどだがね。こいつを剃って呉(け)ろ」
「ほう、そいつあいいが、今日は剃刀を持って来ていないから、んじゃ、明日の晩げにまた来るから、そのとき剃ってやる」
こういうて、幽霊と別れて家に帰ったと。

次の日、源右ヱ門さまがお城へ勤めに出たとき、仲間にその話をしたと。
「―とまあ、こんな訳で、晩げになったら剃刀を持って墓場へ行き、あの幽霊の髪を剃ってやらねばならん。おぬしたちも、後学のためにおれの後について来て見てたらええ」
「それも面白かろう。話の種だ」
いうて、物好きなのばかり五、六人、あとから見え隠れについて来たと。
そしたらやっぱり長い髪たらして、ボオーと出たと。幽霊の婆さまが。源右ヱ門さまが、
「髪、今剃ってやる」
というたら、幽霊は、
「どうか剃って呉ろ」
と、頭を突き出したと。
源右ヱ門さまは、脇の下にその幽霊の首をかかえて頭をきっちり押さえて剃ってやったと。

そのうちに夜が明けて来たと。
そしたら、そのさまを隠れて見ていた仲間が、
「なんだ、その、源右ヱ門さま、さっきは頭を押さえて剃っていたようだげんども、今見るとそりゃ、古い墓石の頭さ、苔が長く生えているのを剃っているように見えるな」
というたと。
源右ヱ門さまもあらためて見ると、その通りだったと。

「化かされたんだかな」
「それとも幽霊のやつ、願いを叶えられて浮かばれたんだべか」
と、みんなで浮かない顔して話しておったと。

とーびんと。