読切連載アカンタレ勘太 11-1《しんぞうやぶりの丘》文・挿画  いのしゅうじ

「スクーターが入った」

テッちゃんがこうふんしている。

「ラビットや。かっこええねん」

ラビットスクーターはさいきん、都会ではやりだした。クスリの会社につとめているテッちゃんのおとうさんは新しがりやなのだ。

勝がテッちゃんの机の前にたった。

「うちはバタコや」

勝の家のまわりは昔からスギの山。勝のおとうさんは材木の運送をはじめようと、中古のオート三輪を知り合いから安く買いとった。

と勝はいう。

「バタコはタイヤが三つ。スクーターよりはよ走る」

「よし、きょうそうしようやないか」

と、うかつなことを言ったテッちゃん。よく日、

「ぼくのおとうさん、きょうそうする、いうてた」

と、勝がはりきったのには困ってしまった。テッちゃんのおとうさんは断るにきまってる。

テッちゃんに思いがけないニュースがとびこんだ。

ボストンマラソンで山田敬蔵せんしゅが優勝したのだ。

テッちゃんのおとうさんが新聞をよみながら、

「ボストンマラソンにはしんぞうやぶりの丘がある。山田せんしゅは強いしんぞうなんや」

とすっかり感心。家をでるとき、

「こいつもしんぞうやぶりの丘に強いんや」

とひとり笑って、ラビットのペダルをふんだ。たちまちエンジンがまわりだした。

テッちゃんはおとうさんにきいた。

「バタコはしんぞうやぶりの丘のぼれる?」

「さいきんのは知らんけど、古いのはムリや」

テッちゃんはきょうそう話をうちあけた。おとうさんはニタニタしている。まんざらでもなさそうだ。

「しんぞうやぶりの丘? ツツジ山がええ」

と知恵をだしたのはいつものように武史。

ムギ畑のむこうに「ツツジ山」とよばれている小高い丘がある。ムギ畑の二本の道が丘の上までつづいている。

五月のにちようび、きょうそうが行われた。

スタートのところにやってきたオート三輪。せんご間なしにつくられたらしく、運転席も荷台もサビついている。

「タイガース号といいまんねん」

勝のおとうさんは、近くでスタートのあいずを待っているテッちゃんのおとうさんに、

「こんばん、いっぱいやりまへんか」

と飲むしぐさをして、ワハハとわらった。

ラビットの後ろにテッちゃんがまたがり、オート三輪の荷台に勘太がのった。勝が「どうま(胴馬)ではかわいそうやった」と勘太にゆずったのだ。

十二時にスタート。勝のおとうさんは、クランク棒という鉄の棒を運転席の下にさしこみ、ぐるぐる回す。グワーンとうなってエンジンがうごきだしたとき、ラビットはずっと先をはしっている。

ムギ畑の道は草が生い茂っている。都会用につくられたラビットはおもうように走れない。オート三輪はバタバタとにぶい音をたててよたよた進む。草むらでもたついているラビットをおいぬいた。

ツツジ山の道は急な坂道だ。

オート三輪はふらふら上がる。坂のまん中まできたとき、プスプスと息切れして止まってしまった。

「勘太くん、押してくれ」

勘太の力ではビクともしない。ラビットがおいこしていく。テッちゃんが座席に立ちあがり、顔いっぱいに笑みをうかべた。

「タイガース、弱いなあ」

勝と武史、隆三もくわわってオート三輪を押す。どうにかこうにか丘のてっぺんまで上がった。

武史がずばっとたずねた。

「材木、はこべるんですか」

「老兵は消えゆくのみや」

勝のおとうさんがグワハハとごうかいにわらった。