編集長が行く #1《元町商店街の手作り映画館》文・写真 Lapiz編集長 井上脩身

元町映画館の入り口周辺

神戸一の繁華街・元町商店街の一角に「元町映画館」ができたのは13年前の8月。以来、「知る人ぞ知る」といったかんじで、ひっそりと営業をつづけてきた。同映画館はいわゆるミニシアターの一つであるが、他の小映画館と決定的に異なるのは、映画館らしくない映画館。いうならば手作り映画館なのである。はじめてこの映画館に入ったとき、天井が低いのに驚いた覚えがある。以来、私は元町映画館のファンになった。4月末、神戸の人がまず見ないであろう映画が上映された。舞台は私が訪ねたことがある千葉県の魚市場。案の定、客は10人足らず。採算よりもいい映画を。映画館主のそんな心意気がたまらない。

パチンコ店からの変身

私が同館で見た最初の映画は『ドンバス』であった。ウクライナ戦争が始まって3カ月半ほどたった2022年6月、新聞で上映を知った。ネットで前売り券を買い求めようと同館のホームページを開いたところ、当日、窓口でしか販売していなかった。上映の40分前に同館を訪ねてチケットを購入。この際整理券を渡され、上映の10分前に来るように、と言われた。
指示通り、10分前に行ってわかった。館内には待合室がなく、外で待つしかない。外は商店街である。早くから街路で待たれると、隣近所の商店に迷惑をかけるのだ。
館内に入って驚いたのは冒頭に述べたように天井が低いこと。高さは2・5メートルくらい。背の高い人なら天井に手が届きそうである。予告編が始まると、客席の後ろを横切った人の影がスクリーンに映った。後ろを振り返った。映写機の位置が低い(高さ1・5メートルくらい)ので、その前を通ると、影が映るのだ。係員が「上映中、トイレに行かれる方は腰をかがめてお通りください」と注意していた。
私はミニシアターが好きだ。大阪・十三の「第七芸術劇場」、西九条の「シネ・ヌーブォ」、宝塚の「シネピピア」などで何度も映画を見た。いずれも100席にも満たない映画館だが、戦争や原発、環境などがテーマの地味な名画が上映される。これらの映画館は小さいけれども映画館としてつくられており、客が立とうが動こうが、それで映写の邪魔になる(他の客に迷惑をかけるとしても)ことはない。客の影が映るというのは、元町映画館がもともと映画館としてつくられたのでないからではないのだろうか。
映画が終わり、外に出るとさっそくネットで調べた。「2000年、小児科医の堀忠は元町4丁目商店街の閉店したパチンコ屋を購入し、映画館開館の準備を進めた」とある。元はパチンコ店だったのだ。パチンコをするのに天井がそれほど高い必要はあるまい。パチンコ店が映画館になった例はおそらくほかにはないだろう。

映画好きの小児科医師

元町映画館生みの親の堀忠さん

堀忠とはどういう人物なのだろう。2020年に元町映画館が開館して10年がたったのを記念して刊行された『元町映画館ものがらり――人、街と歩んだ10年、そして未来へ』(神戸新聞総合出版センター)をひもといた。書き出しは堀さんの紹介である。
堀さんは子どものころ、元海軍軍医の父親によく映画館に連れられた。高校生になると文化祭で16ミリフイルムの上映会を催すほどの映画好きになった。医師になって後の1990年代前半、40歳くらいのころ、映画館をもちたくなった。ミニシアターがない神戸にターゲットをしぼって映画館にできそうな建物を探しまわり、1999年、元町商店街にある2階建てのテナントビル「元町館」を手に入れた。ここにパチンコ店が入っていたのだ。
2005年、堀さんら映画好きグループが中心になって「シネマをつくろう!」というプロジェクトがスタート。2006年、主要メンバーが元町館に集まって映画館づくりのための経費見積もりを行った。資金のメドは立たなかったが、堀さんが同僚から100万円を借りるなどして資金を工面、2010年4月、着工にこぎつけた。
工事に合わせて、映画館ができるまでをドキュメンタリー映画に収めることにした(映画は『街に・映画館を・造る』=木村卓司監督。2011年4月、同館で公開)ところが、映画好きならではの着想だ。2010年7月に工事が完成。上映場は幅約8メートル、長さ約18メートル、66席。元パチンコ場としては堂々たる出来栄えといえるだろう。
オープンは2010年8月21日。オープニング作品はグォ・ヨウ、スー・チー主演の中国映画『狂った恋の落とし方。』と高畑勲監督の『赤毛のアン グリーンゲーブルズへの道』。オープン初日、不倫に苦しむ女性と一夜にして富豪になった中年男女の恋愛を描いた『狂った恋の落とし方。』は北海が舞台となったことも手伝って76人が入場。『赤毛のアン』にも47人が入り、上々の滑り出しになった。
その後、『勝手にしやがれ』などで知られるヌーベルバーグの旗手、フランスのゴダール監督の作品や富野由悠季節監督の『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』など、多方面のジャンルの映画を意欲的に上映。戦後の激動の台湾を描いた『悲情城市』(1989年、侯孝賢監督)は2013年に上映された。私はこの映画の舞台となった台湾の現地をたずねたことがある。上映はその1年前だ。見ていれば現地でいっそうの興趣をおぼえたであろう。(明日に続く)