アカンタレ勘太12《キュウリ弁当》文・画  いのしゅうじ

 勘太のおかあさんがえがおを作って、北島八百屋のおくさんにペコペコしている。
「エイちゃんはすごい。エイちゃんをやとったおくさんはもっとすごい」
ちょうどエイちゃんがご用聞きからかえってきた。
「勘太くん、大丈夫ですか」
「勘太はね、どんなヘマをしてもさーっと忘れてしまう。アカンタレのええとこやね」
おかあさんはくすっとわらって、
「お礼に何がええやろか」
と、野菜をあれこれみまわす。
キュウリを手にとった。緑がつやつやしている。
「キュウリ五貫目(19キログラム)ちょうだい」
エイちゃんはそろばんをはじいて、
「130本くらいになります。そんなにたくさん、何にするんですか」
おかあさんは家にかえると、つけものタルを物置からだして、ぬかづけの用意をはじめた。
7月にはいったある朝、おかあさんが弁当をちゃぶ台にならべると、おねえさんがばくはつした。
「こんな弁当、もういやや」
この2週間、弁当のおかずはキュウリのつけものとチクワばかり。キュウリのつけものは7、8センチに切ったものが5、6こ。チクワは4、5きれ。
2、3日まえからウメボシが1こついた。
おねえさんは、大皿にもられたキュウリのつけものひときれをハシでつかみ、
「がっこうで、大はじかいてん」
と、おかあさんの方につきだした。
頭を七三に分けたとなりの席の男の子が俳句集をひらき、ひとつの句をしめした。
輪にもせず竪にもわらず胡瓜哉(正岡子規)
かれは、
「きょうもキュウリ、いつものように子規の句で」
とげらげら笑った。
と、おねえさんはきのうのできごとを、しぶ柿をがぶっとかじったときみたいな顔でしゃべった。
「弁当でクラス一の秀才にけいべつされたんや」
おかあさんはだまっていない。
「せんそう中のことおもたら、弁当に文句いうたらバチあたる」
「せんそうが終わって何年たってると思てんのん。ハトちゃんなんか、毎日ちがうおかずや。お肉もたまごやきも入ってる。きのうはハンバーグやった」
ハトちゃんは幼なじみの鳩岡さんのこと。高校でも同じクラス。
淳吉が、
「おまえのおかあさん、作れるのはキュウリのつけもんだけか、とバカにされた」
と、おねえさんの肩をもったものだから、こんどはおかあさんがかーとなった。
「淳吉が勘太にあぶないことさせたからやないの」
「勘太が竹を手からはなしたからや」
「勘太のせいにしたらあかん。イカダあそびすることがまちがいなんや」
当の勘太は、おねえさんの口から出たハンバーグが気になってしかたがたない。
(いつもきれいな洋服をきている鳩岡さんのことだから、きっとおいしい洋食なんや)
「何もキュウリばっかりでなくとも……」
上のおにいさんの康弘がぼそっと言うと、おかあさんは「食べんでもええ」と捨てぜりふをはいた。
何日かたってエイちゃんがご用ききに来たとき、たまたま淳吉がいた。
弁当のことを話すと、エイちゃんは血相をかえた。
「がっこうで弁当食べられるだけでもありがたいやないですか」
エイちゃんは山陰のかいたく地でそだち、町の中学校にすすんだ。昼の弁当のときが一番いややった、という。みんなおいしそうな白いごはん。
「ぼくの弁当箱はいつもカラやった」