Lapiz22秋号《巻頭言》Lapiz編集長 井上脩身

東京地方裁判所

13兆円。その天文学的な金額に驚きました。東京電力福島第1原発の事故をめぐって、東電の株主48人が「事故が起きたのは旧経営陣が津波対策を先送りしたため」として、元役員5人を相手取って賠償を支払うよう求めた訴訟で、東京地裁の朝倉佳秀裁判長は7月13日、うち4人に賠償を命じる判決を言い渡しました。その賠償額は13兆3210億円。民事裁判では過去最高だそうです。1兆円は1万円札を積み上げると10キロになるそうです。ならば13兆円は130キロ。富士山の34・4倍の高さに相当します。元役員の怠慢は「富士山34・4個の重さ」なのです。 賠償の支払いを命じられたのは勝俣恒久元会長、清水正孝元社長、武黒一郎元副社長、武藤栄元副社長。
政府の地震調査研究推進本部が2002年に公表した「長期評価」に基づき、東電は2008年、高さ15・7メートルに及ぶ想定津波を

メルトダウンした東京電力・福島原発

試算。ところが東電経営陣は「長期評価は信頼性に欠ける」として、この津波対策のための防潮堤を造りませんでした。このため東電の株主は「防潮堤を造るなどの対策を講じていれば事故は防げた」として、総額22兆円を東電に賠償するよう求めて裁判を起こしたのです。
巨額の賠償が確定した株主代表訴訟としては、2008年の蛇の目ミシン工業(現ジャノメ)の経営陣5人に対する583億円、2020年のオリンパスの元会長ら3人に対する594億円などがありますが、今回の東電の元役員に対する訴訟は飛びぬけています。
判決では「一度事故が起これば、社会的、経済的コミュニティーを喪失させ、ひいては国そのものの崩壊につながりかねない」と、原発事故の被害の甚大さを示し、「電力会社には万が一にも事故を起こさないという高度な義務が求められる」ことを明らかにしました。そのうえで長期評価について検討。「研究実績を有する相当数の専門家が真摯に検討してとりまとめており、相応の科学的信頼性を有する」と認定しました。そして津波対策を指示しなかった役員の対応を、「当面は何らの対策も講じないという結論ありきのものだった」と断じました。
勝俣元会長、武藤元副社長、武黒元副社長の3人が強制起訴された刑事裁判では、東京地裁は2019年、「複数の専門家の間で疑義が生じていた」として長期評価の信頼性を否定し、全員を無罪にしました。同じ3人が被告でありながら、今回の訴訟では、長期評価の信頼性を肯定。判決では「元役員2人が出席する会議で10メートル超の津波が襲来する可能性が議論されており、過酷事故の可能性を認識していながら必要な調査をしなかった」と指摘。「津波対策を先送りしたことは著しい不合理」として、損害賠償の支払いを命じたのです。
賠償額の算定基礎は、廃炉費など1兆6150億円、被害者への賠償金7兆834億円、除染費用など4兆6226億円。これらは東電の負担になっているもので、元役員4人は過失によって東電に損害を与え、その結果株主が損害をこうむった、というのが構図です。
この判決には、東電が1991年ごろ第1原発の一部の入り口に水が入らないようにするため、水密化する扉を設置したことに触れています。このことから「東電は2008年以降、水密化を容易に実施できた」と判断し、水密化の実施で電源設備の浸水を防ぐことが出来た可能性が十分にあったと指摘しています。水密化とは水の浸入を防ぐための扉の設置を意味するなら、大きな金をかけなくても最悪の事態になることを防ぐ対策をとれたことになります。元役員はわずかの金をケチった結果、13兆円の責任を負うはめになったわけです
ところで、原発事故の避難者らが国に損害賠償を求めた訴訟で、最高裁は6月17日、国の責任を否定する判決を下しました。しかし国が東電に水密化の指示しなかったことを問題にする少数意見がありました。今回の株主が起こした訴訟の判決と最高裁判決での少数意見を併せ考えると、今後、原発浸水口の水密化が最小限の義務として議論される可能性が大いにあるように思われます。
本号の「原発を考えるシリーズ」のなかで、最高裁判決の問題点を考えました。