読切連載アカンタレ勘太 8《アトムごっこ》文・挿画  いのしゅうじ

アカンタレ勘太 1-7

 

アトムの矢

アトムの矢

テッちゃんが自分のせきにつくなり、
「おもしろいんや」
と、カバンの中から一さつの本をとりだした。「少年」というまんがざっしだ。
ページをめくって、テッちゃんは「これや」と勘太に見せる。
『科学まんが 鉄腕アトム』という題で、ツノが二本でているようなかみ形の、たまごみたいな目をした男の子がえがかれている。
「てづかおさむ(手塚治虫)のまんがや」
テッちゃんはとくとくという。
「アトムはロボット。最初はアトム大使やった。ことしから鉄腕アトムになったんや」
武史がまんがをのぞきこんだ。アトムが月にむかってとんでいる。
「アトムごっこやろう」
とテッちゃんがいいだした。
「アトムをつくるんや」
「ロボットなんかつくれるわけないやろ」
といったやりとりがあって、
「弓をやろう。矢のさきにアトムの絵をつける」
と、ちえをだしたのは武史だ。
隆三のおとうさんに弓と矢の材料をたのむと、おとうさんは十人分そろえてくれた。
つぎの日曜日。武史の家で勘太とテッチャンが弓づくりにかかっていると、タミちゃんがユキちゃん、ヒロ子をともなってやってきた。
「男の子だけでアトムごっこするなんてずるい」
とタミちゃんは目をつりあげる。
ヒロ子がリンゴ一個をさしだした。
「ウイリアム・テルが自分の子どもの頭にリンゴをのせて、矢をはなった話知ってる? 賞品にするの」
バレエをやってる子はちがう、とみんなが感心していると、裕三が男の子とそのおかあさんをつれてきた。
なまえは登。目が見えない。裕三のちかくにすむ同い年の子だ。大阪のがっこうにかよっている。
「白雪姫としらゆきひめがいっしょにおどった。そんなら、目が見えない子もいっしょにあそべるやん」
裕三は登の手をとって、弓と矢をつくりはじめた。
こまったのはアトムの顔。裕三が「目をもっと大きく」と声をからす。でも、クレヨンをもつ登の手は頭の上にいったり、口のよこにいったりして、おもうように目がかけない。
みんな、手をとめて、登の指さきを見つめている。
ずいぶん時間がかかって弓と矢ができた。矢のさきにはアトムの顔の絵がついている。
みんなでお宮さんにむかった。二本の木のえだに、厚紙でつくったちょっけい30センチのお月さんをぶらさげる。
10メートルはなれたところからそれぞれ5回矢をいる。月にあたると1点。5点満点だ。
武史が3点、テッちゃんとヒロ子が2点、裕三とタミちゃん、ユキちゃんが1点。勘太は0点だ。
登が月にいどんだ。
さいしょの矢は月のはるか上をこえ、2回目は月のてまえでおちた。
3回目。登が弓をかまえると、「もっと上」「上すぎ」などと声がかかる。矢は月の右にとんだ。4回目はぎゃくにすこし左をかすめる。
「もう少し右」「行きすぎ」「そこ、そこ」
5回目。矢はまっしぐら。
「アトム、とんでる」と勘太。
矢はまとにぼんと当たり、月のうさぎがゆれた。
「やった」
みんな、ぴょんぴょんはねる。
登のおかあさんはハンカチでそっと目をぬぐった。
リンゴは登におくることになった。
「ぼくにもできたんや」
登はリンゴを宝ものみたいに、両手にほんわかとつつんだ。。
登がにっとわらう。みんな、にこにこしている。

アトム号ロケット

アトム号ロケット

「ぼくも空をとびたい」
勘太は鉄腕アトムのまんがを見てから、いつもぼーっとしている。
ある日、せいざい所に太い木のみきがころがっているのを見かけた。
鉄のじょうき機関車は石炭をもやしてうごく。だったら、鉄よりずっとかるい木の丸太は、石炭をもやしたらロケットみたいにとぶはずや。
とかんがえながら、勘太はふとんにもぐった。
勘太は丸太をくりぬき、そうじゅう席をつくる。ロケットが完成。アトムの絵をかきいれる。
きょうは「アトム号」の初ひこう。
家の前の通りにひこうきをすえ、かまをたく。勘太がそうじゅう席にすわると、ロケットはドドドーッとじょうきをふきだし、スーッとあがっていく。
武史、テッちゃん、ユキちゃんが目をまん丸にしておどろいている。
(アトムごっこは0点でも、ぼくは空をとべるんや)
勘太は4人にあかんべいをする。
アトム号はスピードをあげる。いくつかの山をこえた。見おぼえのある山里がひろがっている。
(イッ子せんせいの古里や)
きょねんのお正月、テッちゃんとたずねたせんせいの実家がま下に見える。
家の前で、晴れ着すがたのイッ子せんせいがたっている。高度をどんどんさげる。せんせいはにこにこして手をふっている。
(ぼくを待ってくれてたんや)
1台のバスがとまった。男の人がおりてきた。
イッ子せんせはその人と手をつないでいる。
あっ! クラタせんせい。
「いつまで寝てるんや」
勘太のおかあさんの声が耳の奥でがーんとひびいた。おかあさんは勘太のふとんをひっぱがす。
枕元には新しい下着とたびがそろえてある。勘太の家のお正月のしきたりだ。
おぞうにのよういができている。元日は白みそ、二日はおすまし。これも勘太の家のしきたり。
おせちをいただく。おとうさんがおとそで気分よくなったころ、おかあさんが勘太にたずねた。
「クラタせんせいってだれや?」
「カブノしょうがっこうのせんせい」
勘太は夢でみたアトム号の話をした。
「イッ子せんせいの里までロケットでとんで行ったら、クラタせんせいがいた」
「ロケット? どういうことや」
兄の淳吉にきかれて、
「つくったんや、ぼくが。石炭もやしてとぶねん」
「アホ」
みんな声をそろえた。
「石炭でとぶんやったら、ライト兄弟もくろうせん」
おねえさんがあきれると、おとうさんが、
「そういえば」
と、れきしの本を書だなからとりだした。
「ライト兄弟のはつひこうからちょうど50年や」
ライト兄弟のひこうせいこうは1903年という。
おかあさんは、
「きねんの年の初夢がロケットってすごいやん。勘太はおおものになるかもしれん」
といいながら、けらけら笑う。
かぞくのみんなにバカにされたけど、お正月がすぎても勘太は毎晩のようにアトム号でとぶ夢をみる。
一年後、勘太のがっこうが創立80周年をむかえた。
新聞社のひこうきがやってきた。「NOZE」の人文字の上をなんどもとび回る。
何かをおとした。小さなパラシュートがついていて、ゆっくりおりてくる。
「おいわいのメッセージよ」
イッ子せんせいはひこうきに手をふった。
その夜の勘太のアトム号。1年ぶりにイッ子せんせいの古里の上をとんでいる。
イッ子せんせいは、このときもクラタせんせいと手をつないでいた。

アカンタレ勘太 1-7

いのしゅうじ :本名、井上脩脩。近鉄文化サロン上本町・文章教室講師